南米開教地

2023年所感

[報告]  2026/10/13

南米大陸での開教を考える時はいつも、つい深呼吸と共に過去を振り返り、今日までの変化と未来に向かって必要なステップについて思考を巡らせてしまいます。パンデミックを経験した近年、とりわけ「幸せ」について考えざるを得ません。すなわち、「幸せとは何か?それは何を意味しているのか?」についてです。当然、この問いに単純で簡単な短い言葉で答えることはできません。周囲を見てみれば、あのCovid-19パンデミックの危険性や心配は既に消え、そのすべてが報道されているかは言うまでもなく、世界各地で勃発している争いや戦闘に取って代わられたように感じます。気候変動は既に世界各地に悲劇的な変化を及ぼしており、残念ながらこうした問題への反応は連帯や団結の精神から為されているとは言えません。これらの地球規模の問題を考えると、「すべてに対応することなど不可能だ」とか、「私たちにできることなど何もない」となるのも無理からぬことと感じられます。しかしむしろ、私たちにできることは多々あり、自分が手を伸ばせば届く範囲でその一つ一つを始めることができるのです。

世代交代は常に伝統的慣習に対し、新時代への適応を要請します。世代が変わることにより、コミュニティでは常に「変わるべきものは何か?保存されるべきものは何か?」についての議論が起こります。伝統保守の傾向が強い方であれば、宗教教義への畏敬に伴う先祖への尊敬と感謝が変わらず残っているのを知ることにより安らぎを見出すでしょう。あるいは「変化」を好む傾向にある方は、彼ら自身の存続のため、そうした伝統が家族やコミュニティ内で適応してきたように一歩一歩「変化」に対応しています。いずれにせよ、この問題を考える時、私たち自身が重きを置くある信念との対峙が生まれます。すなわち、「コミュニティとその指導者は自分自身について、そして自分が何を行っているのかについて知っていなければならない」ということです。もし彼らがただ保存することのみに捉われるなら、やがて「何を保存しているのか」も分からなくなる時が来るでしょう。

浄土宗開宗850年の勝縁と共に、南米開教70周年事業も既に始まっています。この勝縁を記念し最近開催された「ワールド法然ミーティング」の法要と会議に参加するため、ブラジルからの代表団が日本を訪れました。参加者・主催者はじめ、とりわけお骨折り下さった元開教使先生方に感謝申し上げます。中でも、今回の訪日では、深い宗教的意義を有し、仏教の教えの文化的特色に影響を与えた歴史的な寺院の数々へ念仏を称えながら巡礼したことも含まれています。

これらの行事は、個人としての、また民族的出自や物事の考え方、近代の変化という集合的な範疇への内省にあたり、強い動機付けをもたらします。新しい世代のために文化的宗教的遺産を再定義するにあたって、仏教教義は再びそれ自身を世界宗教へと形成するために、民族性に偏らない伝統となっていくべきと感じます。したがって、哲学的あるいは宗教的な遺産は伝統の規範を支え、誰にも共通する先祖への尊敬と感謝を維持し続けるようあらねばなりません。こうした姿勢が組織的に構築されれば、より自然に環境・医療倫理・性の平等・文化的少数者・長寿などの社会問題がサポートされるようになるでしょう。

では、先述の「幸せ」はどこにあるのでしょう?人々が他の誰かに特権を与え一部の誰かを排除する世界に「幸せ」は見いだせないでしょう。真に「幸せ」を探すには、すべてを内包し誰もが受け入れられることを考えるしかありません。仏教の教えはこの点を示しています。そうした「幸せ」は常にそこに、私たちの目の前にあります。阿弥陀仏の名を称え念仏を行ずることは、私たちがこのことを理解するのに不可欠な「調和」の概念をもたらしてくれます。

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