ハワイ開教区

 

浄土宗ハワイ開教区は、明治27年(1894年)、白石堯海師、道重信教師他有志の発願により「布哇宣教会」が組織され、同年3月25日には松尾諦定師が「布哇宣教会布教師」として来布。同じく同年5月、岡部学応師が来布し、ハワイ島ハマクア地方で布教はじめられました。

 

1869年にはハマクア一郡五耕地在留邦人の総菩提寺として「ハマクア仏教会堂」を建立され、これが各宗を通じてハワイに於ける最初の日本仏教寺院であります。

 

以来、次々と開教使が来布、16カ所の布教場が、主として砂糖耕地内に創られ、それぞれの時代に、それぞれの地域社会に対し奉仕してまいりました。

 

特に真珠湾攻撃に端を発した太平洋戦争では、開教使は敵性外国人として米本土に抑留され、寺院活動が一時休止に追い込まれ、さらに別院は米陸軍に接収されるという辛酸をなめましたが、終戦後は、仏教のアメリカ化に生き残りをかけ、懸命な努力が注がれてきました。

 

現在では、オアフ島にハワイ浄土宗別院、ハレイワ浄土院の2ヶ寺、ハワイ島にカーチスタウン浄土院、ヒロ明照院、ハカラウ浄土院、ハマクア浄土院、コハラ浄土院、ハヴィ浄土院の6ヶ寺、マウイ島にカフルイ浄土院、ワイルク浄土院、ラハイナ浄土院の3ヶ寺、カウアイ島にカパア浄土院、コロア浄土院の2ヶ寺が存在し、日々開教活動を行っております。

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