
2025年2月 ~開教振興協会一行と共に~
[報告] 2026/10/13
2025年2月、元駐オーストラリア大使佐藤行雄氏と浄土宗開教振興協会の杉山俊明理事長の一行がオーストラリアを訪問されました。成田空港より空路ブリスベン~ケアンズ~ホーン島へ乗り継ぎ、さらに海路とほぼ一日を費やす強行軍で移動する一行を木曜島で出迎えた時は既に夕刻で、一息つく間もなく島の行政各所の方々との懇親夕食会が催されました。夕食会には現地トレス・シャイア・カウンシル市長はじめ和歌山県人会の方々、さらに在ブリスベン日本国総領事の石川勝利氏も参加され、翌日の日本人墓地での慰霊法要や若い世代への文化継承等を話題に浄土宗関係者(一行と私)が木曜島に関わる方々と親しく交流する機会となりました。
翌朝は、長年私が取り組んでいる日本人墓地の墓石・墓標の修復状況を視察いただきました。石川勝利総領事は着任後初めての木曜島訪問とのことで、杉山理事長が墓地を案内し墓地の状態や修復の経緯について説明されました。慰霊法要にはトレス・シャイア・カウンシル、在ブリスベン日本国総領事館、和歌山県人会、並びに現地高校生10名ほどを含み約30名が参詣、焼香を勤めました。前夜の懇談会でも若い世代への歴史・文化伝承が話題になりましたが、今回現地高校生が教師と共に学校活動の一環として慰霊法要に関わったことは意義深く、現地関係者も大変喜んでおられました。また、通常は私一人で行う法要が今回は5名の浄土宗教師による読経となり、現地関係者には大変喜ばれました。
一向は翌日ブリスベンへ移動し阿弥陀寺を訪問、真夏の平日の早朝でしたが信徒約10名が一行を出迎え、共に日常勤行を勤めました。勤行後は十分に滞在時間の取れない中でしたが、信徒の用意した軽食と共に懇親のひと時を過ごしました。午後は首都キャンベラへ行のため、一行と私はブリスベン空港へ向かわねばならなかったのです。
今回キャンベラに向かったのは、カウラでの日本人墓地での追悼法要に加え、光栄にも日本国大使公邸での「天皇誕生日レセプション」への招待を受けたためでした。先着の佐藤行雄元大使と夕刻に合流し、翌朝は在オーストラリア日本国大使公邸へ。招待客で溢れ立錐の余地のない公邸では佐藤元大使案内のもと、鈴木量博大使はじめカウラのポール・スミス市長らと交流する機会を得ました。カウラ日本人墓地での法要等で旧知のポール・スミス市長は大使公邸で私との思わぬ出会いを喜んでくれました。翌日は日本国大使公邸にて鈴木大使を表敬訪問し、オーストラリア各地での日本人墓地慰霊法要について報告すると共に、大使からも各地の日系社会や領事館のサポート状況等をお聞きしました。
翌日は早朝より陸路3時間超の移動でカウラへ。戦時中の捕虜抑留跡地に近い戦没者墓地において、まずオーストラリア兵墓地にてポール・スミス カウラ市長、関山雄太在シドニー日本国領事(山中修在シドニー日本国総領事代理)と共に杉山理事長が献花、続いて日本人戦没者墓地にて慰霊法要を厳修しました。法要後、杉山理事長より、戦後80年に当たる年にカウラ戦没者墓地にオーストラリア人・日本人が共に慰霊法要を勤めることの意義と併せ、現地諸団体による日本人戦没者墓地の維持管理と私の活動へのサポートに対し感謝の挨拶がありました。
懇親会終了後、カウラより約4時間、シドニーまで陸路移動し山中修在シドニー日本国総領事・関山雄太在シドニー日本国領事との夕食懇親会が行われました。杉山理事長より山中総領事に対し、カウラ戦没者墓地への関山領事派遣への謝意と共に阿弥陀寺や国内各地での慰霊法要等の活動を紹介、約2時間にわたり現地の日本人コミュニティや在留日本人の葬送事情について情報交換を行いました。翌朝一行を空港で見送りブリスベンへ戻るという強行軍でした。
今回の各地での法要や表敬訪問は突然実現したものではありません。過去より時間をかけて今回につながった浄土宗とオーストラリアの縁について、開教振興協会会報『開教』第43号に佐藤元大使が経緯を記されていますので、ぜひご一読下さい。今回各地で培われた縁が今後の活動に生かされるようにしていきたいと思います。











